男性の割礼は、陰茎の先端を覆う包皮の一部または全部を切除する行為である。現代では医療機関で手術として行われる場合もあれば、ユダヤ教やイスラム教の宗教儀礼、アフリカなどの成人儀礼として行われる場合もある。そのため、同じ「割礼」という言葉でも意味や目的は大きく異なる。医学的な利益を示す研究がある一方、健康な子どもの身体を本人の同意なしに不可逆的に変えることへの批判も根強い。さらに、医療設備の乏しい場所や無許可の伝統的施術では、感染や大量出血、陰茎の切断、死亡に至る事故も現在まで続いている。
古代の儀礼からユダヤ教・イスラム教へ
割礼の歴史は非常に古い。医学史のレビューでは、紀元前2300年ごろの古代エジプトに、割礼を行っている場面と解釈される最古級の図像が残されているとされる。ただし、割礼がいつ、どこで最初に始まったのか、その起源を一つに決めることは難しい。古代には宗教だけでなく、成人への通過儀礼や集団への帰属を示す行為として行われた地域もあった。
ユダヤ教では、割礼は神とアブラハムとの契約を示す「ブリット・ミラー」として強い宗教的意味を持ち、伝統的には男児の生後8日目に行われる。これは単なる衛生習慣ではなく、宗教共同体への帰属と深く結び付いた儀礼である。
イスラム圏でも男性の割礼は広く行われているが、ユダヤ教とは事情が少し異なる。男性割礼そのものはコーランに明示されておらず、ハディースなどイスラム法学の二次資料や慣習を通して定着した。宗派や地域によって宗教上の位置づけや実施年齢には違いがある。
初期キリスト教では、異邦人の信徒にも割礼を求めるべきかが大きな論争となった。パウロは異邦人への割礼義務に否定的で、この流れから、多くのキリスト教社会では割礼は信徒になるための普遍的条件とはならなかった。ただし、アフリカなどには宗教とは別の文化的慣習として割礼を続けるキリスト教徒の集団も存在する。
近代になると別の理由も加わった。19世紀から20世紀前半の英語圏では、衛生だけでなく、当時「有害」と考えられていた自慰を防ぐといった、現在では医学的根拠が認められていない目的でも割礼が推奨された歴史がある。その後は尿路感染症や性感染症などをめぐる医学研究が進み、議論の中心は宗教や道徳から公衆衛生へも広がった。
国別データをまとめた2016年の研究では、世界の男性の約37~39%が割礼を受けていると推計された。ただし、資料のない国について宗教人口から推定した部分もあり、正確な世界人口調査ではないことには注意が必要である。
医学的には「利益もあるが、全員に必要とは限らない」
医学的利益について最も強い証拠がある分野の一つがHIV予防である。東部・南部アフリカで行われた無作為化比較試験では、医療環境下での男性割礼によって、女性から男性への性交によるHIV感染リスクが約60%低下した。WHOは2007年以降、HIV感染率の高い地域で「自発的医療男性割礼(VMMC)」を包括的なHIV予防策の一つとして推奨している。現在までに優先15か国で2700万件以上が実施されたとしている。もっとも、これはコンドームや検査、治療などに代わるものではなく、あくまで「部分的な予防効果」である。
乳幼児の尿路感染症についても予防効果が確認されている。約40万人の子どもを含む研究をまとめた系統的レビューでは、割礼を受けた男児の尿路感染症リスクは低かった。ただし、健康な男児ではもともとの発症率が低いため、尿路感染症を1件防ぐためには約111人への割礼が必要と推計された。一方、尿路異常などがあり感染リスクの高い子どもでは、医学的利益は大きくなる。
HPVについても、2023年の32研究をまとめたメタ解析では、割礼を受けた男性は亀頭部でHPVが検出される割合が低く、感染の発生率低下やウイルス消失率の上昇との関連が報告された。
当然ながら手術である以上、危険がゼロになることはない。2021年に351研究、約404万人を統合したメタ解析では、治療を必要とする合併症のリスクは全体で約3.8%と推計された。出血、感染などが含まれるが、年齢、医学的理由の有無、研究方法による差が大きく、特に乳児期より年長児でリスクが高くなる傾向があった。したがって「割礼の危険率は何%」という一つの数字だけで判断するのは適切ではない。
性機能への長期的影響も論争になってきた。現在の研究を総合すると、割礼によって勃起機能や性的満足度が大幅に低下するという一貫した証拠は確認されていない。2023年のレビューも、男性割礼と性機能障害を直接結び付ける十分な証拠はないとしている。一方、2025年のメタ解析では一部の指標で改善が報告されたものの、研究間のばらつきが大きく、臨床的な意味は確定していない。性体験や感覚には個人差があるため、「悪影響は絶対にない」「必ず良くなる」のどちらも、現在の証拠からは言えない。
このため各国の医学団体も同じ結論ではない。カナダ小児科学会は、すべての新生児男児への一律の割礼を推奨していない。米国小児科学会(AAP)が2012年に「利益がリスクを上回る」とした声明はよく引用されるが、その声明は現在すでに失効しており、同時に当時から「全新生児にルーチンで行うほど利益は大きくない」としていた。
宗教の自由か、子どもの身体の自己決定権か
医学だけでは答えが出ない理由は、割礼が「誰が決定するのか」という倫理問題を含むからだ。
肯定する側は、宗教的アイデンティティーや家族・共同体の伝統、医学的な予防効果、乳児期に行う場合の比較的低い合併症率などを重視する。特にユダヤ教のように何千年も続く宗教儀礼の場合、全面的な禁止は事実上、宗教生活を制限することになるという主張がある。
反対する側は、医学的に緊急性のない手術で健康な組織を永久に除去する以上、本人が判断できる年齢まで待つべきだと主張する。乳児は同意も拒否もできないため、親の宗教・教育権より、子どもの身体の自己決定権を優先すべきだという考え方である。
この対立を象徴する出来事が2012年のドイツで起きた。ケルン地方裁判所は、親の同意を得て医療上適切に行われた宗教的割礼についても、未成年者への違法な傷害に当たるとの判断を示した。この判決を受け、ユダヤ教・イスラム教の宗教生活への影響をめぐり大きな論争が発生した。ドイツ連邦議会は同年12月、一定の条件を満たした男児の割礼を親が決定できることを明文化する法律を可決した。議論では「身体の完全性」「宗教の自由」「親の教育権」「子どもの福祉」をどう両立させるかが争点となった。
現在の英国医師会の倫理指針でも、医学的必要性のない男児割礼は単純に「自由な宗教行為」として扱われているわけではない。子どもの最善の利益、有効な親の同意、安全で適切な施術などを検討する必要があるとされる。
現在も起きる死亡事故と陰茎切断
医療的に管理された割礼と、衛生管理や救急体制のない環境での施術は分けて考える必要がある。
WHOがまとめた過去の資料では、1981~1998年にナイジェリアとケニアで割礼後の合併症により入院した50人のうち80%が、医学教育を受けていない伝統的施術者による割礼だった。1人が敗血症で死亡し、2人は壊疽によって陰茎を失い、さらに5人が亀頭または陰茎の全体・一部切断による永久的な障害を負ったと報告されている。
現在、より深刻な実態が継続的に記録されているのが南アフリカの成人儀礼である。伝統的男性割礼を含む入門儀礼は重要な文化的行事だが、無許可の施設や訓練不足の施術者、安全管理の欠如が問題になっている。
南アフリカ政府が2026年に公表した数字では、2016~2025年の10年間に全国で669人の入門者が死亡し、124件の陰茎切断が記録された。死亡には手術そのものだけでなく、敗血症、脱水、低体温症など入門儀礼中のさまざまな要因が含まれるため、「669人全員が割礼手術そのもので死亡した」という意味ではない。それでも、2024年だけでも安全でない入門儀礼に関連して94人が死亡し、11人が切断被害を受けたと政府は報告している。
こうした被害を受け、南アフリカでは2021年のCustomary Initiation Actによって、入門施設の管理、施術者、衛生状態などを規制している。政府は清潔な水、衛生設備、十分な食事、必要な医療へのアクセスを法的義務として強調している。それでも違法な施設は残り、死亡事故を完全には防げていない。
したがって、「発展途上国では割礼が危険」と国を一括りにするのは正確ではない。危険を大きくするのは、国の所得水準そのものより、施術者の訓練、器具の衛生、適切な止血と疼痛管理、清潔な水、術後の観察、異常時に病院へ搬送できる体制などである。同じ文化的伝統を守りながら、医療者と伝統的指導者が協力して事故を減らそうとしている地域もある。
なお、男性割礼と「女性割礼」と呼ばれることのある女性器切除(FGM)は、医学上同じ扱いではない。WHOはFGMには健康上の利益がなく、女性・少女の健康と人権を侵害する有害な慣習として、すべての形態の廃絶を求めている。男性割礼については一定の医学的利益を示す研究と同意・身体の自己決定をめぐる倫理的議論が併存しており、この違いを混同しないことも、割礼を考えるうえで重要である。



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