「エイズはゲイの病気」というイメージは、どこから生まれたのだろうか。これは単なる偏見から突然生まれたものではない。1981年、後にエイズと呼ばれる病気が医学界に認識されたとき、最初にまとまって発見された患者が米国の若いゲイ男性だったという歴史がある。その後もHIVや梅毒など、男性と性行為をする男性の集団で大きな流行が繰り返し観察されてきた。
では、男性同性愛者には何か生物学的な体質の違いがあるのだろうか。答えは違う。医学的に重要なのは性的指向そのものではなく、感染が成立する性行為の種類、感染する部位、パートナー間のネットワーク、すでにその集団内に存在する感染者の割合などである。
そのため医学・疫学では「ゲイ」というアイデンティティーとは別に、男性と性行為をする男性をMSM(men who have sex with men)と呼ぶ。実際に起きた症例と流行をたどると、HIVとゲイが強く結びついた理由がかなり具体的に見えてくる。
1981年、健康な若者が突然「免疫不全」になった
1981年春、米国ロサンゼルスの医師たちが奇妙な患者を相次いで診察していた。
その一人は、それまで健康だった33歳の男性だった。約2カ月にわたって発熱が続き、血液中の白血球が減少し、口の中にはカンジダ症が出現した。そして、ニューモシスチス肺炎を発症した。
ニューモシスチス肺炎は、健康な若い成人が普通に発症する肺炎ではない。強い免疫抑制状態にある患者で問題になる日和見感染症である。ところが、この男性にはそれを説明できる既知の免疫不全疾患がなかった。治療が行われたものの状態は悪化し、1981年5月に死亡した。
同じころ、29歳、30歳、36歳などの若い男性にも同様の肺炎や口腔・食道のカンジダ症、サイトメガロウイルス感染などが相次いでいた。5人はいずれも男性同性愛者だった。CDCが1981年6月にこの5症例を医学情報誌MMWRに掲載した時点で2人がすでに死亡していた。これが後に「米国における最初のAIDS報告」と位置づけられることになる。
さらに衝撃的だったのがカポジ肉腫だった。
同年7月、CDCはニューヨークとカリフォルニアで、26~51歳の同性愛男性26人にカポジ肉腫が発生したと報告した。カポジ肉腫は皮膚などに紫色から暗青色の病変を作る腫瘍で、当時の米国ではこの年代の健康な男性に多数発生するような病気ではなかった。26人のうち8人は、診断から24カ月以内に死亡していた。
若く健康だったゲイ男性が、普通なら起こらない肺炎やがんを次々に発症して死亡する。
1981年当時の医師や一般市民から見れば、このように見えたのである。
その年の12月には、サンフランシスコの看護師ボビー・キャンベルが自らカポジ肉腫患者であることを公表し、自分の皮膚病変の写真を薬局の窓に掲示して、同様の症状がある人に受診を呼びかけた。まだ原因も病名もよく分かっていなかった段階で、患者自身が地域社会に警告を発していた。
翌1982年には、一部の研究者が新しい病態を「Gay-Related Immune Deficiency(GRID、ゲイ関連免疫不全)」と呼び、この名称が新聞でも紹介された。同年9月になってCDCは性的指向を含まない「AIDS(後天性免疫不全症候群)」という名称を使用する。
つまり「AIDS=ゲイ」という連想は、HIVというウイルスの存在すらまだ知られていなかった流行最初期に、患者の多くがゲイ男性として発見されたことから形成された。
1985年には、そのイメージをさらに社会に広めた大きな事件が起きた。ハリウッド俳優ロック・ハドソンがAIDSであることを公表したのである。彼は米国でAIDSを公表した最初の大物著名人となり、その後半年間で主要な印刷メディアのAIDS報道は3倍以上に増えたとHIV.govは記録している。同年10月、ハドソンは59歳で死亡した。
こうしてAIDSは、医学上の感染症であると同時に、1980年代のゲイ・コミュニティーを象徴する社会問題として世界に知られていった。

なぜ男性同士の性行為でHIVが広がりやすかったのか
後に原因がHIVであることが判明すると、なぜ最初の患者が男性同性愛者の間に集中していたのかも説明できるようになった。
最も大きな理由の一つが、受け手側の肛門性交における感染効率の高さである。
CDCが現在使用している推定では、HIVに感染し、ウイルス量が抑制されていない相手と予防手段なしで1回性行為をした場合、受け手側の肛門性交によるHIV感染は1万回の曝露あたり約138回と推定されている。挿入側の肛門性交では11回、受け手側の膣性交では8回である。
これは直腸の構造とも関係する。直腸粘膜はHIVが侵入可能な部位であり、性交による微小な損傷が生じればウイルスが体内へ入りやすくなる。したがって、このリスクは「同性愛者だから」発生するのではなく、受け手側の肛門性交という曝露に伴うものである。異性愛者が同じ行為をすれば同じ生物学的問題が生じる。
もう一つが「感染ネットワーク」である。
例えば、100人の集団の中に感染者がほとんどいない場合と、すでに一定割合の感染者がいる場合では、同じ回数の性行為をしていても感染者と接触する確率が違う。1980年代初頭には、HIVがすでに北米の一部のMSMネットワーク内で何年も感染を広げていたと現在では考えられている。
2016年にNatureに発表されたウイルス遺伝子の研究では、保存されていた1978~79年の血液からHIVのゲノムが復元された。その解析では、米国の流行は1970年ごろにはニューヨークを中心に広がり始めていたと推定されている。医師が1981年に「謎の免疫不全」に気づくより約10年前から感染は拡大していた可能性が高い。
この研究は、有名な「患者ゼロ」の物語も覆した。
カナダ人客室乗務員ガエタン・デュガは、初期AIDS患者の性的接触調査で重要な位置にいた人物である。調査資料ではカリフォルニア州外の患者という意味で「Patient O(Outside of California)」と記されていたものが、後に数字の0と取り違えられ、「Patient Zero」と呼ばれるようになった。
その後、「彼が米国にAIDSを持ち込んだ最初の人物」という物語が広まったが、保存されていた本人のHIVを解析した2016年の研究では、その説を裏付ける遺伝学的証拠は存在しなかった。HIVは彼が感染する以前から米国内で広がっていた。
この事件は感染症を見る際の重要な点を示している。感染ネットワークの中央付近に見える人物と、「流行を始めた人物」は同じではない。
現在の日本でもHIVと男性間性的接触の関係は統計にはっきり表れている。厚生労働省エイズ動向委員会によれば、2024年に新たに報告されたHIV感染者662件のうち417件、63.0%が「同性間の性的接触」と報告された。AIDS患者332件でも170件、51.2%を占めた。この分類には両性間性的接触も含まれる。
歴史的イメージだけではなく、現在でもMSMがHIV予防の重要な対象であることには疫学的根拠がある。
梅毒、クラミジア、A型肝炎――実際に起きた集団感染
HIV以外でも、MSMの性的ネットワークを通じた感染症流行は繰り返し記録されている。
分かりやすい例が2000年の南カリフォルニアで起きた梅毒流行である。
1999年1~7月には、地域で確認された第1期・第2期梅毒100症例のうちMSMは26人だった。翌2000年の同じ期間には130症例中66人となり、割合は26%から51%へ上昇した。
66人の年齢中央値は35歳だった。HIV感染状況を把握していた57人のうち34人、60%がHIV陽性だった。聞き取り記録では33人が匿名の相手との性行為を、17人がバスハウスで相手と出会ったことを報告している。直近の性行為でコンドームを使用したと報告した人は13人だった。ただしCDC自身も、これらの行動データが全員から同じ方法で収集されたものではないという限界を指摘している。
保健当局の対応も具体的だった。ゲイバーやバスハウス、HIV治療施設、患者が性的パートナーと出会ったと回答した公園などに移動検査車を出し、梅毒検査を実施した。
別の印象的な例が、2003~04年にオランダで発生した鼠径リンパ肉芽腫、LGVの流行である。
LGVはクラミジア・トラコマチスの特定型によって起こる性感染症で、当時のオランダでは年間5例未満しか診断されない珍しい病気だった。ところが17カ月間でMSMの92症例が確認された。
興味深いのは症状である。教科書的なLGVでは性器の潰瘍や鼠径部のリンパ節腫脹が知られているが、この流行でその典型的症状を呈したのは報告上わずか1人だった。他の患者では、血の混じった直腸炎、肛門からの膿や粘液、便秘といった消化器症状が中心だった。
そのため通常の胃腸疾患と間違えられる可能性があり、流行が認識された後に過去の患者を調べ直すことで多数の症例が発見された。HIV感染状況が分かった30人のうち23人、77%がHIV陽性だった。
日本にも非常に具体的な例がある。
2018年、東京・新宿区でA型肝炎が急増した。後にまとめられた疫学調査によれば、同年の患者は131人で、そのうち129人、98%が男性だった。男性129人のうち105人、81%がMSMだった。40人、31%は入院を必要とした。
入院患者のうち詳しい聞き取りに応じた21人を見ると、12人がHIVにも感染しており、13人が発症前2カ月以内の一時的な性的接触を、10人がSNSを使って性的パートナーを探したことを報告していた。
A型肝炎は一般には汚染された食べ物や水を介する「糞口感染」の病気として知られる。しかし肛門周辺への性的接触を伴えば性行為を介した伝播も起こり得る。この新宿の事例は、通常は「性病」というイメージが薄い感染症でさえ、性的ネットワークの条件がそろえばMSMの間で大きな流行を形成し得ることを示している。
2022年に世界的に流行したエムポックスも似た現象を見せた。エムポックス自体を梅毒や淋菌のような典型的な性感染症と同一視することはできないが、この流行では性行為に伴う密接な皮膚接触が主要な伝播経路となった。米国の初期2,891症例では99%が男性で、情報が得られた男性の94%が発症前に男性との性的または親密な接触を報告していた。
一度ある感染症が特定の性的ネットワークに入り込むと、「その属性の人だから感染する」のではなく、そのネットワーク内部で次の感染者に接触する機会が増える。この仕組みはHIV、梅毒、A型肝炎、エムポックスのいずれにも共通して観察できる。

男同士のセックスでは子供ができないから、コンドームを付けないで肛門に挿入する人がいるけど、やっぱり生は危険だわ。コンドームは避妊のためだけでなく、性感染症の予防としても効果的よ。
「性器に症状がない」感染が多いことも重要
男性同士の性行為を考える際には、「どこに感染するのか」も重要になる。
淋菌やクラミジアというと、排尿時の痛みや尿道からの分泌物を想像する人が多い。しかしMSMでは、感染部位が尿道とは限らない。性行為に応じて直腸や咽頭にも感染する。
そして直腸や咽頭の感染は、症状がないことが多い。
CDCがまとめた研究では、MSMについて尿など泌尿生殖器だけを検査した場合、淋菌・クラミジア感染の約70%を見逃す可能性がある。その大きな理由が、無症状の咽頭感染や直腸感染である。
たとえば咽頭淋菌では、本人には喉の痛みすらないことが珍しくない。それでも感染源となる可能性がある。直腸感染でも、無症状の場合がある一方、症状が出れば肛門からの分泌物、出血、排便時痛、性交時痛などを起こすことがある。
これは検査方法にも影響する。男性同士の性行為があり、尿検査だけを受けて「異常なし」だったとしても、咽頭や直腸に感染が残っている場合があるため、曝露した部位に応じた検査が必要になる。
そしてHIVについては、1981年とは状況が大きく変わった。
現在はHIVに感染していない人がPrEP(曝露前予防)を処方どおり使用すれば、性行為によるHIV感染リスクを約99%減少させることができる。
すでにHIVに感染している人も、抗HIV薬による治療を続け、血液中のウイルス量を検出限界未満に維持すれば、性行為によってHIVをパートナーへ感染させるリスクはゼロになる。これが「U=U(Undetectable=Untransmittable)」である。
一方、PrEPは梅毒、淋菌、クラミジアなどを防ぐ薬ではない。HIV予防が進歩した現在でも他の性感染症の検査が重視されるのはそのためである。
男性同性愛者とHIV/AIDS、そして性感染症との関係は、「ゲイという属性に病気が付随している」と考えてしまうと医学的な仕組みが見えなくなる。
1981年には、健康だった30代の男性たちが原因不明の肺炎やカポジ肉腫で次々と死亡した。2000年の南カリフォルニアでは梅毒がMSMの間で急増し、2003~04年のオランダでは珍しかったLGVが直腸炎として広がり、2018年の新宿では131人規模のA型肝炎流行が発生した。
これらをつないでいるのは「同性愛」という性的指向そのものではない。感染しやすい性行為と部位、無症状感染、複数の人をつなぐ性的ネットワーク、そしてそのネットワーク内にすでに存在する感染症の割合である。
「なぜゲイにHIVや一部の性感染症が多いのか」という問いに医学が与える答えは、ここにある。




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