ゲイコミュニティに誕生したベアカルチャーとは?
ゲイコミュニティでは、毛深い男性やふくよかな体形の男性は「ベア(Bear)」と呼ばれます。ベアは非常に男性的な外見であるため、一部のゲイたちの間で根強い人気を誇ります。
1980年代、米サンフランシスコ・ベイエリアでは、「ベア」を自称するゲイたちの存在が認知され始めました。当時のゲイコミュニティでは、若くて、スリムで、筋肉質な男性が理想とされていました。これに当てはまらない体型や年齢層のゲイたちは、表舞台に現れることがなく、時には排除されてきました。こうした中で、体毛が濃く、ふくよかな体型の中高年男性たちが、自らの姿を肯定するコミュニティとして「ベアカルチャー」を築きました。
「ベア」という言葉は、出版者のリチャード・バルジャーが広めました。バルジャーは、当時のパートナーであるクリス・ネルソンとともに、1987年に男性同性愛者向けポルノ雑誌『ベア・マガジン』を創刊しました。この雑誌は官能的な写真や小説に加えて、出会い系の広告も掲載し、ゲイが恋人やセックスフレンドを見つけ、同様の性的指向を持つ者同士がネットワークを築く手段とされました。『ベア・マガジン』は、全世界に流通するまでに成長しました。
ベアカルチャーは、特にサンフランシスコやロサンゼルスといった都市部で拡大し、「International Bear Rendezvous」などのイベントを通じて国際的に認知されていきます。ベアコミュニティは「包摂性」をテーマとして、年齢や体型を問わず、誰もが自分の身体を誇りに思い、愛される存在であるという価値観を掲げました。
ベアコミュニティの細分化と差別・排除の問題
ベアコミュニティも次第にいくつかのグループに分かれ、「ベアクラブ」が誕生します。有名なベアクラブには、サンフランシスコの「Bears of San Francisco」やシカゴの「Great Lake Bears」などがあります。この動きは全米のみならず、ヨーロッパにも普及していきます。1994年には日本でも「日本ベアクラブ」が結成されました。
ベアカルチャーは、ポルノ要素のない音楽や文学、芸術などにも浸透していきます。また、レザーやウェスタンなどをコンセプトとするバーにも受け入れられ、これらのバーがベアを愛好するゲイたちの社交場となることもありました。
1990年代後半以降、「ベア」は商業的なイメージとしても採用され、体脂肪率が中程度で筋肉質な白人男性が「魅力的なベア」として認知され始めますした。これは、太っていることを嫌悪する風潮へとつながっていきます。さらに、体型だけでなく、年齢や人種、経済力などを理由とした分断を引き起こし、「魅力的なベア」から外れるアジア人や黒人、または極端な肥満体型の人々などを排除する傾向も強まりました。
ファッションライターとして活躍する男性、コービン・チェンバレンは、自身の体験をもとに、ベアバーで「少し痩せた方がモテる」と言われた出来事を紹介しています。こうした言葉の中には「太った身体は劣っている」という価値観を含まれていて、悪意なく、無意識的に、一部の人々を差別することになります。「包摂性」を掲げていたベアコミュニティが、いつのまにか排除の場として機能していることが指摘されます。

日本のゲイカルチャーにおける「熊系」とは?
1990年代から2000年初頭にかけて、日本のゲイカルチャーでも欧米由来の「ベア」が「熊系(クマ系)」として取り入れられました。男性同性愛者向けポルノ雑誌の『バディ』や『G-men』などが登場し、体毛やヒゲが濃く、中高年の成熟感を醸し出す、ふくよかな体系の男性が紹介されました。こうした男性像は、細身で中性的な美少年としばしば対比されます。
熊系は、外見だけでなく、性格やライフスタイルにも結びついています。温厚で優しく、落ち着いた雰囲気が好まれ、こうした性格の熊系が「癒し系」といわれることもあります。また、日本では熊系が細分化され、「デブ専」「ガチムチ好き」「雄系」などのコミュニティが形成されてきました。
欧米と同じく日本でも、「モテる熊系」と「モテない熊系」が線引きされる傾向があります。熊系にも筋肉や若さ、清潔感が求められる一方で、中高年の男性や過度の肥満男性、また障害のある男性などは排除される傾向にあります。日本独自の熊系カルチャーにも、差別や排除の問題が潜んでいることが指摘されています。
「包摂性」を取り戻しつつあるベアコミュニティ
近年、ベアコミュニティに「包摂性」を取り戻そうとする運動が活発化しています。
米国の作家ダン・オリベリオは、自著『The Round World』の中で、「太った人に惹かれること」と「太った人を人間として尊重すること」は必ずしも同義ではないと指摘します。その上で、肥満と性的指向(セクシャリティ)に根強く残る差別や偏見に明らかにし、自己受容と他者理解を深めることの重要性を提唱します。
SNSでは、#BodyPositiveBear や #FatAndProud といったハッシュタグによって、自らの身体を誇りに思う運動が広がりつつあります。日本でも「ぽっちゃり自撮り」や「太メンファッション」などが普及し、体型に対する差別や偏見が見直されるきっかけとして注目されています。
本来、ベア・熊系のコミュニティやカルチャーは、「排除されてきた人たちが、互いに認め合い、居場所を築く」ことを目的としていました。その原点に回帰する道が模索されています。

僕は、年下で痩せ型、中性的な美少年が好みだから、いわゆる「熊系」に恋愛感情を抱いたり、性的に興奮したりすることはないなあ。熊系の男性に抱き着くと癒されるので、そういう意味では好きだけど。

好き嫌いは人それぞれだから、ユウトがどんなタイプを好きでも嫌いでも、そのこと自体に優劣はないよ。むしろ、僕はユウトと逆で、自分のように、ふくよかで毛深い男性が好みだね。だからといって、ユウトの好みを否定するつもりはない。こんな感じで、さまざまな性的指向の人たちがお互いを尊重し合う社会が理想だと思うんだ。
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