戦争や紛争の中で発生する性暴力は、女性被害者の事例が多く語られますが、実際には男性も深刻な被害を受けています。しかし、社会的な偏見などもあって、男性被害者の証言はほとんど取り上げられず、被害の実態は十分に把握されていません。
男性が性暴力を受けてきた戦争・紛争の歴史
古代ローマ時代には、戦争捕虜に対する性暴力が支配者の権力を誇示する手段として利用されていました。中世ヨーロッパにおいても、敗戦国の兵士が性的な拷問を受けることがあったと記録されています。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの強制収容所で、男性囚人が男性看守や他の男性囚人から性暴力を受けた事例の記録があります。当時のドイツでは、ドイツ人の男性同性愛者はドイツの出生率に貢献できない存在として迫害され、命を奪われることも少なくありませんでした。そのため、一部の男性同性愛者は、収容所で生き残る手段として、囚人班長に自ら性行為を提供して保護されたといいます。
こうした男性被害者の事例は戦後の公的な調査でほとんど取り上げられず、長年にわたって隠蔽されてきました。
現代の戦争・紛争で男性が性暴力を受けた事例
現代の戦争・紛争でも男性が性暴力を受けた事例が報告されています。これらの事例はジャーナリストたちの綿密な取材によって明らかにされ、国際機関でも認定されてきました。
ルワンダ虐殺（1994年）
1994年4月、ルワンダのジュベナール・ハビャリマナ大統領を乗せた飛行機が撃墜されたのを機にルワンダ虐殺が発生しました。暗殺された大統領はルワンダの多数派フツ族出身だったため、フツ族が中心の政府軍や民兵が少数派ツチ族を大量虐殺しました。約100日間で約80万人が殺害されたとされます。
ルワンダ虐殺では、女性だけではなく男性も性暴力の犠牲者となりました。国連難民高等弁務官事務所（UNHCR）の報告によれば、男性被害者は強制去勢、性器切断、集団レイプなどの被害を受けたといいます。
ある被害者は、インタビューの中で「私はフツ族の兵士たちに捕まり、彼らの前で衣服を剥がされました。ナイフで性器を切断され、私の身体は嘲笑の的となりました。私は生きる価値がないと感じました」と答えています（Zawati, 2017）。
ルワンダ虐殺を取材したジャーナリストのジャン＝ポール・ガスパールは、「ルワンダでは、男性が被害者であることが語られることはほとんどありませんでした。しかし、取材を重ねるうちに、多くの男性が性暴力を受け、社会から孤立していることが明らかになりました。彼らは名誉を失い、家族のもとに戻ることもできませんでした」と述べています。
一方で、加害者の中には「敵対勢力を徹底的に屈辱するために行った」と主張する者もいます。こうした主張から、性暴力は個人的な欲望に基づくだけでなく、敵対勢力の人格や尊厳を破壊して戦意を喪失させる手段とされていたといえます。後に国際刑事裁判所（ICC）では、一部の加害者に有罪判決が下されましたが、現在も加害者の多くは裁かれていません。
ボスニア紛争（1992～1995年）
旧ユーゴスラビア連邦解体後の1992年、ボスニア・ヘルツェゴビナが独立を決定したことをきっかけに、セルビア人、クロアチア人、ボスニャク（イスラム教徒系）が混在するボスニアで内戦が始まりました。95年の終結までに約20万人が死亡したとされます。
各民族は実効支配した地域から他民族を根絶する「民族浄化」を行いました。中でも、セルビア人勢力は敵対勢力に恐怖を植え付ける目的で組織的な性暴力を実施し、男性も被害を受けました。オマルスカ収容所やケラテム収容所では、男性囚人が日常的に暴力と強制性交を強いられたという報告があります。
被害者の一人であるミロスラヴ・Jは、「私は他の男性囚人とともに裸にされ、看守たちの前に立たされました。彼らは私たちの性器を弄び、時には銃口を押し付けながら強制的な性行為を要求しました」と証言しています（Stemple, 2009）。
ボスニア紛争の加害者を裁くために設立された国際戦犯法廷（ICTY）は、多くの戦争犯罪者に有罪判決を下しました。中でも、性暴力を戦争犯罪として認定し、加害者に長期刑を科す判例が増えました。しかし、被害者の家族の中には「加害者の多くは未だに裁かれていない。正義が果たされるには程遠い」と憤る声もあります。
シリア内戦（2011年～）
2011年3月、シリアで反政府デモが本格化し、バッシャール・アル＝アサド大統領がこれを弾圧したことから、シリア内戦が始まりました。政府軍と反体制派、外国勢力を含む同盟組織が入り乱れ、死者数は40万人以上となりました。2024年12月8日、シャーム解放機構を中心とした反政府勢力によるアサド政権が打倒されました。
シリア内戦でも男性への性暴力が戦略的に利用されました。国連の報告によると、政府軍による拷問の一環として、男性囚人に対する性的暴力が行われていたといいます。
元囚人のアフメドは、「私たちは地下の収容所に連れて行かれ、電気棒で殴られました。その後、兵士たちは私の衣服を剥ぎ、私の身体に無理やり異物を挿入しました。彼らは笑いながら、『お前たちは男じゃない』と言い続けました。」と証言しています（Sivakumaran, 2010）。
国連人権高等弁務官事務所（OHCHR）は、「男性被害者の証言が増えているが、彼らは依然として社会的に沈黙を強いられている」と指摘しています。
戦争・紛争では性暴力が「武器」とされる
戦争・紛争における性暴力は、性的な欲求を解消する目的の手段とは限りません。被害者の心身に重大な傷害を残すことで、その被害者や仲間たちの戦意を喪失させ、彼らが所属する地域社会や家族などのコミュニティを破壊する「武器」としても利用されてきました。そのため、女性だけでなく男性も性暴力の被害者となることがあります。
現在も、スーダン内戦などで性暴力の事例が報告され、しばしばニュースになっています。戦争・紛争がもたらす重大な人道危機・人権侵害は、きな臭い時代に生きる先進国の人々にとっても、決して他人ごとではありません。
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